雑 記 帳



身のまわりの、気にとまったこと、目にしたことを、書き留める。
日記となるのか、ひとり言となるのか・・・。

by 河野 正

2003年(1月〜6月)


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2002年




2003年6月□日
今年もJIA建築セミナーが開校になった。
約50人の若者が 八王子セミナーハウスに集った。
開校の記念講演は 内藤委員長の「吉阪隆正論」。
実は、この講演にはJIA一般会員からの
聴講希望が かなりあったらしい。
当然、受講生とOB、OG以外はすべてお断りした。

内藤氏が、初めて語る恩師のこと・・。
しかも、吉阪氏設計の八王子セミナーハウスで・・。

今年の受講生は、いつにも増して幸せである。

  


2003年6月□日

ジャック・ニコルソンの「アバウト・シュミット」を見た。
地味な映画だが、良い作品だ。
男なら年に関係なく、どこかしら共感できる映画だ。
見終わってから、なぜか はるか昔に見た
「ファイブ・イージー・ピーセス」のタイトルが頭にうかんだ。
内容はぜんぜん違うのに、不思議に感じていたが、 
しばらくしてから、思いいたった。
多分、どちらも 一人ぼっちの男の生き方だ・・。


2003年6月□日
横山秀夫の「半落ち」を読む。
久しぶりに骨太な小説に出会った。
新しいご贔屓を見つけて、とても気分が良い。
今年の極私的な ベスト2は決まった。
「半落ち」が「1」で、
「終戦のローレライ」が「2」だ。
早速、横山秀夫の「動機」と
「陰の季節」を買ってきた。
気にいった作家に出くわすと、
しばらく、その作品を読みあさる。

福井晴敏の「亡国のイージス」も
買ってはある・・が、まだ読んでない。
本当を言うと、「ローレライ」のラストには
少しだけ不満がある。
そのため、まだページを開くところまで
いってない・・と、勝手な言い分・・?


2003年6月□日
残念!

『嵐を呼ぶ!タフ・ガイ』
『裕次郎NewPrint20作品一挙上映』が
横浜赤レンガ倉庫で行われていた。
4/21〜5/2だった。
パンフが机の下のほうで、
眠ってしまっていた。
終わった後に出てきた。

    


2003年6月□日
仕事で平塚に行く。
混雑していそうな海側の新湘南大橋は避けて、
手前の馬入橋を渡る。
予定より早く着いたので、お茶と弁当を買って
相模川の土手で昼ごはん。
思わぬ贅沢な昼食タイムだった。

    


2003年6月□日
エド・マクベイン と エヴァン・ハンター 共著 (?)
「キャンディランド」を読んだ。
前から読むとエヴァン・ハンターで、
逆さにして、後ろから読むとエド・マクベインとなる。
スティーブン・キングなら やりそうなことだけど、
マクベインが 遊び心だろうか、ひねった本を作った。
さして 期待もせずに読み始めた。
後半のマクベインになってから、がぜん 面白くなる。
ニューヨークが舞台で、87分署を ほうふつとさせる。
是非とも、ヒロインの エマ・ボイル刑事の続編が
読みたくなってしまった。
ヒット間違いなしなんだが、書いてくれているんだろか・・?

 


2003年5月□日
馳星周の「ダーク・ムーン」を読み終える。
正直言って、期待はずれだった。
坂東齢人氏だったら、なんと評するだろうか。
「マンゴー・レイン」は多分、当分読まないだろう。
ご贔屓が減っていくのは悲しい。
花村満月にも、手が伸びなくなってしまった。
「二進法の犬」も積んだままだ。
読者なんて勝手なもんです。


2003年5月□日
ギャビン・ライアルが亡くなった。
ひところ、「深プラワン」サイトで追悼文が飛びかっていた。
ぼくも読み返そうと、本棚を探したが 見つからなかった。
なんと有燐堂ダイヤモンドでは、平積みされていた。
ん〜  表紙が、ぼくの記憶とは違うな〜。
拳銃の絵だったような気がするんだけど・・。
思い違いか・・?

  


2003年5月□日
『わび、さび は「逃げ」である。』

新聞に載っていた
朝倉摂さんの談話が目にとびこんできた。
『年を重ねるとすぐ、わび、さびと言い始めるけれど、
それは怠け心が生じ始めた「逃げ」だと思います。
みずみずしさを失い始めただけのこと。
とくに演劇では、わび、さびなんてありえない。
歌舞伎や大道芸なども同じですが、
俗っぽく猥雑で、なまなましい生命力が
存在していなくてはならないと思っています。』

人の意見にすぐにのってしまうぼくとしては、
文句なしに同調する。
タウトや、谷崎を読んでも大いにうなずいたけど、
今は朝倉だ。
「演劇や歌舞伎や大道芸」を「人生や、生き方」などに
読み替えても良い。
あるいは、「建築、都市、設計・・」でも納得だ。

2003年5月□日
内藤さんの言葉。その2

◆ 「建築を作るうえで、男が作るものは
捧げものである。
この人に誉めてもらいたい、認めてもらいたい
と思いつつ作る。
作るものを豊かにするのは、異性の存在だ。」

これは男女ともに言えることだろう。
内藤さんが本音を語った建築塾でした。

2003年5月□日
JIA建築セミナー2002年度の番外講義
受講生OB、0G達が自ら企画運営した
4日間連続のシンポジウム。
初日は内藤廣さんの講義、というより参加者たちとの
質疑応答の形で進められる。

若者たちが引き出した内藤さんの言葉。

◆「頭は思考する胃袋だ。胃袋が丈夫なら、
どんなものでも吸収できて栄養となる。
それが出来ないのは自分の胃袋が弱いからだ。
たくましい胃袋(想像力)の持ち主は、
どんなもでも自分の栄養とする。」

 


2003年5月□日
飯田橋で 面白いものを見かけた。
高さ6mほどの四角柱だ。
遠目には石のように見える。
だが、表面が光り動いている。
かなり近づいて、水が流れているとわかる。
思わず指で触れてしまう。
誰もがそうしたくなる。
なかなか良い。

           


2003年5月□日
ホテルEができ上がった。
某N本設計で図面を描いた。
外階段と風除室には苦労したので、
特に目がゆく。

    


2003年5月□日
帷子川の「鯉のぼり」たち
先月までは、このあたりに「タマちゃん」とかが いたらしい。

  

2003年4月□日
何をかくそう、当事務所はフレッツISDNだ。
このたび、いろいろと思案の末、
フレッツADSLに乗り換えることにした。
日夜 研究の結果、モデム内蔵のルーター
(4ポート・ハブ付き)を購入した。
もちろん、最新の 12Mbps対応。
併せて、NTT東日本への申し込みも行った。
ADSL開通は2週間後と決まって、楽しみに待つこと、3日目。
NTTから電話。  「ADSLを引けません。」  ガ〜〜ン!!
途中に光ファイバーが通っているとのこと。
メタル回線が足りないたら、なんたらかんたら・・・・。
横浜は都会なのか、田舎なのか・・・・?
ISDNにしたときも、すぐにADSLに追い越された。
このまま、「光・B」を待てということか。
そうでも思わないと腹が立つ。


2003年4月□日
 某○○銀行日本橋支店

 


2003年4月□日
 鉄腕アトム

 


2003年4月□日
最近、アナログのレコードを デジタルに変換して、
CDや、MDに入れ直している。
新たにCDを購入したほうが簡単だし、
安上がりなのかも知れないが、
せっかく持っているLPレコードが
もったいないし、かわいそうだし・・。

アトムの誕生日でもあるので、(?)
富田勲の「宇宙幻想」をデジタル化してみた。
「惑星」もあったはずだが、見当たらない。

   



2003年4月□日
友人の柳君、設計の老人ホームのオープン見学。
横浜のシルバーライフ 「はなみずき」
木をふんだんに使って、やさしい内装の印象。
最上階にお風呂を設けて、お年寄りに喜ばれそう。

 


2003年4月□日
「集住センター」編の 『マンションライフ110番』が出版されました。
 ぼくも二、三項目 書いてます。

 


2003年4月□日
桜ヶ丘の 「桜並木」

 


2003年4月□日
エイプリルフールなので、おばかな話題。
というか、おばかな画像をひとつ。
2年ほど前に撮ったもので、今はもうありません。
「もうすぐ廃止です。」の張り紙に誘われて、
シャッターを押した記憶あり。
名前は『みつけ文庫』
地下鉄丸の内線の「赤坂見付駅」にありました。
シュールな丸の内線車両です。

 


2003年4月□日
「鳥居」がいくら位するか、ご存知だろうか。
そう、神社の参道に立っている あの「鳥居」である。
偶然にも、その値段を知ってしまった。
というより、売られているのを見てしまった。
左の小さいのが255000円、右のは312000円とある。
こうなると、賽銭箱はいくらなんだろう ?
狛犬は一匹では売ってくれないんだろうな、やっぱり。
と、いろいろ考えてしまう。
 
 
 
2003年3月□日
メールで「質問」を くださった「ken」さん。
何度 答えを送っても、宛先不明で戻ってきます。
アドレスが間違っているのではないでしょうか。
もう一度メールをください。

2003年3月□日
やっと足のギブスがとれた。
これだけ長くギブスを付けていると、
足首が固まって動かなくなってしまうらしい。
だけど、僕のはよく動く。
医者に、「子供並みに柔らかいですねー」と言われた。
よく歩いてたもんな。
しかし、まだ 直ってはいない。


2003年3月□日
仕事先で、厚木基地が見渡せるところがある。
滑走路の様子は、普段とそれほど変わりないように見える。


2003年3月□日
今年も、やっと桜がちらほらと・・。




2003年3月□日
検査のため 一度ギブスを外して、やり直した。
今度は少々きつい。
右足が閉所恐怖症状態だ。


2003年3月□日
「戦場のピアニスト」を観る。
いつも映画を観るときは、その作品の前知識をなるべく
入れないで行くことにしている。
今回も、ポランスキーの実体験が作品に生かされている、
という程度しかなくて観る。
率直、正直な感想。 良い映画ではある。
但し、「いまいち」が多々ある。 ひと言ならば「きれい過ぎる。」 
ユダヤ人の捕虜収容所はこんなものではなっかた、
という印象をもっている。
実体験があるからこそ、オブラートをかけたかったのだろうか。
主人公が、殺されることがわかっている家族と別れて、
一人だけ逃がれるシーン。
あるいは、ドイツ兵が思いつきのようにユダヤ人を殺すシーン。
それらが、みんなきれい過ぎる。
捕虜達が収容所から死への旅たちの貨車に押し込まれるシーンでも、
僕たちが持っている認識では、もっと壮絶さや悲惨さがあるのだが・・。

映画の中で もっとも印象に残ったのは、
主人公が、隠れ住む部屋にあるピアノを弾くシーン。
画面は最初、指を映さずに身体や腕の動きだけをとらえる。
ショパンは朗々と流れている。
観ている我々は 聞き惚れるとともに、びくびくする。
やがて指先がアップになる。
それは鍵盤の上(中空)を なぞるように弾いている。
音楽は続く。


2003年3月□日
キムタクが松葉杖をついていたので、親近感をもってしまった!
「ぶっちゃけ、も 1回、空を飛べるだろうか!」
GOOD LUCK !


2003年3月□日
PDFファイルは、なかなか うまくいかない。


2003年3月□日
JIA建築セミナーの2002年度の終校式
今年も元気な若人が一年間頑張って卒業していった。



皆から足のことを聴かれるので
「現場で職人から突き落とされた。」と答える。
うける人と、そうでない人が半々だ。
内藤さんが どうせふかすなら
「新宿でヤクザと やり合ってちょっとケガをした。
くらいの方が面白いぞ。」と言う。
明日からは それでゆくか。
「伊勢佐木町でヤクザと 女をとりあって足を撃たれた。」
は、言いすぎか…?


2003年2月□日
足の骨を折ってしまった。
恥ずかしいので、状況は説明しない。
松葉杖は初体験だ。
医者は、「折ったほうの足を床につけるな。体重をかけるな。」
と言うが、それじゃ 歩けやしない。
「かかと」だけをつけて、杖を使ってなんとか歩いてる。
ものすごい難事業である。
普段の倍くらいの歩行時間を要する。
横断歩道の信号は途中で点滅を始める。
地下鉄の駅では、階段が少なくてすむ
乗り換え路線を選んだりしている。
階段は、登るよりも降るときのほうが 
よっぽど つらい。
バリアフリーという言葉が 頭の中をゆきかう。


2003年2月□日
JIA建築セミナーの今年度の最終講義
高橋てい一氏の担当、 司会をさせていただく。
さすがと言うか、当然というか、我々にとっては教科書で
習った建築家の名前が ぽんぽんと出てくる。
そして、お話の随所に、キラリと光る言葉。
それらは先輩の建築家から教えられたことだったり、
送られた言葉だったりする。
もちろん氏自身の言葉でもある。
少し挙げてみよう。

「あらゆる物事に興味を持つべきだ。」
(辰野金吾氏の御子息、仏文学者の辰野豊氏からの言葉)
「建築は一人でできるものではない。皆が集中、協力しないといけない。」
(ご自身が第一工房を設立されたときの言葉)
「ノーというの言葉は、最後まで言ってはいけない。」
(多分 ご自分はノーを言いすぎたために、建築できなかったものが
多くあったのであろう堀口氏からの言葉)

そして今日、一番 ズシンときた話はこれ。
「大阪芸大の現場では職人さん達を、名前で呼ぶようにした。」
200人を越える職人さん達の名前を憶えて実行したという。
我々の誰もが恥じ入ってしまう。  多々反省。




2003年2月□日
最近「深夜+1」サイトでマニアックな話題が賑やかだ。
嫌いではない 当方も思わず戸棚の奥から
ワルサーP38 を引っぱり出してきてしまった。
今、読んでいる「ローレライ」でも活躍中の銃だが、
ぼくがこれを作った20年ほど前はナポレオン・ソロか
あるいはジェームズ・ボンドだった気がする。
ボンドはPPKもか・・?




2003年2月□日
何年ぶりかで東京カテドラルの前を通りかかる。
あい変わらず美しいものは理屈なしだ。




2003年1月□日
シアター・コクーンで蜷川幸雄の「桜の園」を観る。
すごく華やかで見ごたえのある舞台だった。
ステージ上の色彩は禁欲的なほどに「グレー」
一辺倒だったのに、なぜだろうかと 後で考えた。
1幕目だけ「グレー」の中にあった 四輪だけの
桜の枝の効果。
客席通路をところ狭しと走り抜ける役者たちの臨場感。
そして、それほど大事には思えなかったけど
本当は にくい演出だった、開幕前の
ステージ奥の渋谷文化村裏を見せてしまう蜷川流に
まんまとのせられた、
芝居鑑賞の豊かな時間でした。

桜子さんありがとう。


2003年1月□日
正月休みに家族マージャンをやった。
犬のくせに バンもやりたいと言うので、
入れてやった。

 


2003年1月□日

どうにも、ガマンがたまらずに
gabyさんの 賀状のネタの続きを 少しだけ。
本棚を眺めたら、P・K・ディックのものが3冊だけ見つかった。
一番右が『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』ですね。

普通、小説というものは、
原作のほうが 映画よりはるかに面白い筈だが、
P・K・ディックの場合、これは
あまりあてはまらない気がする。
『ブレードランナー』も 『トータルリコール』もそうだった。
だから安心して 『マイノリティ・リポート』を観に行こう。


  


2003年1月□日
年賀状の話題 ・・・その2

ここ数年来で、一番  「あ、やられた。」
と感じた年賀状です。
「深夜+1」の gabyさんからのもの。
ここに載せてしまいます。
少し読みにくいですが、
『DO YOU DREAM OF ERECTRIC SHEEP ?』
とあります。
そう、わかる人にはわかる(?)フィリップ・K・ディックです。

まいった!  これを越えるのは大変だ・・・。


  


2003年1月□日

2003年 今年の初画像は 設計工作舎の年賀状です。   

本年もどうぞよろしく お願い申し上げます。


  




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